メンヘラはこんなことを考えている

双極性障害の僕が、それでも生きるためにやっていることとその他日常

不眠スパイラル

僕は躁鬱病と診断される前、例に漏れず睡眠障害に悩まされていました。

具体的には、布団に入っても眠れず、眠れたと思っても眠りが浅いから、30分くらいで目が覚める。といった具合です。

 

眠れなくても眠くないわけではないので、日中の働いてる時間には、とてつもなく身体がダルいんですよね。

眠いときのダルさって、めっちゃ仕事の能率を下げるじゃないですか?

それが出勤してから退勤するまで続いて、毎日繰り返すので、日増しに心も身体もボロカスになって、最後は朝起きても布団から出られなくなりました。

 

人によってはぶっ倒れたり、正常な判断力を失って突発的に電車にダイブしてしまったりするみたいで、その点に関しては、電車に飛び込む前に、身体が動かなくなってくれて良かったなと思ってます。

 

不眠症が鬱と密接に関係しているということは、躁鬱と診断される前から知っていたんだけど、自分は精神疾患とは無縁の人間だと思っていたので、眠れない自分の状態が異常だと認めたくなかったんだなと、今ならわかります。

 

なんで、この記事をたまたま読んでくれた人は、不眠が続いたら、最悪な状態になる前に、先ずは鬱を疑って欲しいですね。

 

ちなみに、今は逆に寝すぎてるくらいなんで、それが悩みなんです笑

死にたいときは『死にたい』と言おう

こんにちは。

初回更新の直後に、仕事で大きな失敗をして、かなり気分が落ち込んでしまい、更新が滞ってしまいました。

 

僕には、自殺してしまった友人が2人居ます。

 

一人はなんの前触れもなく、突然首を釣って死にました。

その時は、

「なんでお前が…」

なんて思いましたが、なにも気がついてないだけで、きっとなにか前触れがあったんだと思います。

 

一人は、毎日SNSで『死にたい』と呟いて、本当に死にました。

死ぬ直前に、「今から自殺をする」とも言っていました。

 

 

心ない人が、『死にたい死にたい言うヤツは「死にたい」なんて言わない』みたいなことを言っているのを見かけますが、それは何を根拠に言っているんだろう?といつも疑問に感じます。

 

僕は、死にたい人は「死にたい」と言うべきだと思っています。

勿論、大多数は静観でしょう。

でも、それを見て助けてくれる人がいるかもしれないし、黙っているよりも気持ちが晴れるかもしれない。

そういう、可能性を掬えたら儲けもんじゃないですか。

何かを言ってくる人はいます。

離れていく人もいるかもしれない。

でも、それは切っ掛けで、たまたま「死にたい」と言ったら炙り出せただけの話だと思えばいいんです。

そして、仮に「死にたい」と言いながら本当に死んでしまったとしても、無言で自殺されるよりは良いはずです。

 

 

ちなみに、僕は「死にたい」と言いながら自殺をして、失敗しました。

離れていく人や自分から離れた人は多かったですが、ありがたいことに残ってくれた人も沢山いて、そういう人達が本当に大事に思えるようになったので、死にたい気持ちになることも減りました。

 

まぁ、死にたいと言おうなんてタイトルにしておきながら、「死にたい」と言っていたときの自分が恥ずかしかったりもするんですけど、そう思えるくらい前に向けるようになったんだなって感じています。

最初のヤツ

はじめまして。

ブログをはじめるにあたって、どんなヒトとナリかを知ってもらうというのはセオリーだと思うので、先ずは自己紹介から

 

僕は3年前に、『双極性障害Ⅱ型』という病気を発症しました。以前は躁鬱と呼ばれていた病気です。(細かい症例はググってみてネ!)

 

発症する前から兆候はあったのですが、引き起こした要因は過労によるストレスです。

多分、月に400時間くらい働いてました。休みは月3日とか。

希死念慮があって、毎日『死ななければならない』と考えていました。

死にかたとか死にたい理由とか、まだ死んでない言い訳とか、死ぬほど考えました。

2回も自殺未遂しちゃったんで、沢山の人に迷惑をかけています。

1回目の未遂の後に、実家に強制送還されました。

両親と心療内科に行き、主治医の前で泣き崩れました。

それでも両親は病気に理解がなくて、それは本当に悲しくてツラかったです。

どうして、病気のツラさを上手く伝えられないんだろうと毎晩泣いていました。

それが嫌で、寮付きの仕事を始め実家から逃げたけど、今度はその寮で2回目の自殺未遂をしました。

気がついたら病院のベッドにいました。

とんだ迷惑野郎です。

 

僕は、酷い鬱状態の時に、自分の中でひとつの結論を出してます。

『鬱な自分でも認めてくれる人が居なければ、この病気は治らない。』

両親とは折り合いが付きませんでした。我が子の現実を受け入れ難かったのかも知れなかったけど、我儘を言うと、もっと優しく接して欲しかったです。

 

今、僕には、病気の自分を認めてくれる人が横にいます。

大なり小なり衝突もあり、負担をかけてしまっているところはありますが、それでも一緒にいてくれてとても感謝しています。

一応働けるようにもなったし、死にたいと思うことも少なくなって、以前に比べれば精神的に豊かになっていると言ってもいいと思います。

 

そんな現状です。

ウダウダ言ってるけど、普通の人とは感情のふれ幅が違うだけだと思ってます。

 

さて、このブログの目標は毎日更新することですが、義務感でやるとストレスになってしまうので、ゆるく続けていきたいなと思ってます。

ここまで読んでくれた方、ありがとうございます。

 

あ、趣味はHeavy Metalを聴くこと、読書とゲームです!

 

ではでは!